でくのぼうちゃんのブログ

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自分の思いすべてを受け入れることでクリエイトなものができるのか?②

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クリエイトな人たちが個性的なのは全ての思いを受け入れているからでしょうか?

楽しいことしかしたくなかった。

中学・高校とエスカレータ式のところにいきました。
大学もエスカレータ式。ある程度の知識がないといける学部が
狭まれますが。
インテリアの仕事につけたらいいなあと思っていたので
短大インテリア学部を希望しました。
テストの点数をこのレベルとれてたら行けるということで
ちょろっと勉強したらいけました。

受験を味わっていたら大学に行ったあと、がんばってたかも知れませんが
中学もちろっと勉強したら受かってしまったので、
受験の苦労を味わいませんでした。

学校はテストで普通の成績で品行で問題なければ行き続けることができます。

日記を毎日書かされましたが普通の出来事を書いていれば呼び出しはありません。

学校では目立たず普通の学生生活を送りました。


高校3年くらいから夜遊びを覚え、日々友人とミナミのクラブに通うようになりました。

帰りたいから自転車でいくんです。
タクシー乗るお金ありませんから。

クラブで遊ぶお金は日払いのバイトをやっていました。

夜中に帰ると親が起きていてボコボコに怒られました。

そんなことにはめげず日々楽しいことを求めていました。

そう、求めてたんですね。

受験のジュの字も頭にいれていませんでした。

将来について何も考えてませんでした。

短大にいくも行く意味がわからない。

短大に通うようになりましたが、ほとんど友人が集まる喫茶店にいてました。

なぜ勉強するのかわからなくなっていました。
当時は喫茶店のバイトをやっていました。
そこのバイトがバイトたち主体で店作りを行っており、ほとんどのことをバイトが行っていました。(今思うと店長がめんどくさかったから?)
バイトたちは皆仲良しでした。
毎日飲みにいったりカラオケにいったりしていました。
短大で勉強するよりもバイトでお金稼いでいたほうが楽しいやん!

そう思えてきました。


そして、短大2年目の夏に



短大を辞めました。


辞めた理由を考えればたくさんでてきますが、一番の理由は、卒論と卒業制作を作るのがこわかったのです。

それから逃げたかったのです。

親には相談しました。

あまり学校にいってない姿をみていたので了承してくれました。

今、生活にいっぱいなことを体験して始めてお金について考えるようになりました。かなり親不孝なことしましたよ。

その当時はまったくクリエイトなことをしていませんでした。
欲しいものはお金だして買うもの。
植物も育てるのが怖くなっていました。

結果がいつも責められることばかりしか
思い付かないのです。

わたしはなにもできないと思うようになりバイトも辞めました。

今は。

今働いている地域の人たちとつきあうようになり、この人たちの為になんかしようという思いが自然にわいてきたことは
私のメンタルにかなりの影響がありました。

また、子どもが生まれ食生活を見直してたのもよかったかもと思います。
アレルギー体質と向かい合ってからです。
向かい合うことで体の緊張感は大分楽になりました。

そして、以前よりは自分を肯定することができるようになりました。

自分を肯定すると自然からなるものを認めるようになりました。

こどもにもそんなにイライラすることは少ないです。

これが20代に出産していたら人の意見をまったく聞かずに自分ばかりを

責めて子どもを虐待してたかもしれません。

世の中をちゃんと見られるようになって自分ばかりを責めることは
しなくなりました。

子どもと向かい合うことで子どもからクリエイトについて色々と教えてもらうことがあります。

子どもはすごいなあと思います。

今後は。

趣味で出産前まで歌を習っていました。
しかし、変に「ちゃんとしたものを!」
の意識が強すぎて理論とかを学んだりして何がしたいのかわからなくなっていました。

また、それから逃げているんで
ゆっくりと向かい合えばと思います。

他のクリエイトなことも思いが涌き出ればやれたらなあと思います。

わかりませんがね。


ほな、また。

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