でくのぼうちゃんのブログ

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不妊治療の想い出・妊娠期間の想い出

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赤ちゃんはどこからやってくるのでしょう。

まいどです。でくのぼうちゃんです。

不妊治療の想い出

息子が産まれた日がもうすぐです。早いもんです。生まれてからもう4年です。

あっと言う間の4年でした。

39歳の時、40歳がもうすぐというときに産まれてくれました。

結婚したのが27歳。

実に夫婦だけの生活を約13年間。

11年目の時に、ふと不妊治療をしなければ人生後悔するかもしれない!という思いが出てきました。不妊治療期間1年ちょっと。

11年、自然に妊娠するのを待っていました。

自然に・・・自然に・・・。

自然に妊娠、そう簡単にはなりませんわ。

いま、どこぞの大臣が「産んで国に貢献」なんか言ってますが、そんな簡単に授からんのですよ。授かりにくい社会ということを認識して頂けたら幸いですね。

 

世の中は出来婚の人がいますが、出来るだけよいかもしれません。

結婚したら普通に授かるものと思っていました・・・。

だから、「子どもをつくる」という考えにかなり否定的でした。

そんな傲慢な考え方をしていいのだろうか。

そういう思いを抱えながら気づけば結婚11年。

抱えすぎました。

こりゃ、やばいと思いました。

治療して授かるか授からんかわからんやろう。

もう、きれいごといってられない!

旦那は「養子をとるか?」と言い出します。

いやいや、その前に向かい合おうよ。そういうことで不妊治療始めました。

 

dekunobouchang.hatenablog.com

 

 

dekunobouchang.hatenablog.com

 だいぶ前にこういう投稿をさせていただきました。

不妊治療をする時、かなり悩みましたよ。

ほんと不妊治療をしていますって会社に言えませんよ。

言ったらそれで「ああ、この人はいつか会社からいなくなる人だ」と思われますもん。

そう思われたらそういった仕事がまわってきます。

人権だ、なんだといっても私が相手だったらそうしますわ。

会社のことを考えたら。

「子どもが授かりました」と言えるまでにすることは、会社にとって自分という存在が必要と思わせるような仕事をすること。

そして、「戻ってきてほしい!」と思わせること。

そう思ってもらうように出産1か月前まで大きなお腹をかかえて釜ヶ崎に向かいました。

「戻ってほしい!」と思わせる人物になったかは周りに聴いてないからわかりません。

ただ、「早く戻ってください」とのんびり育児している時に言われました。

人手不足だったようです・・・。

 

私が行った療法は「タイミング療法」

ホルモン剤を注射し、薬を飲み、ホルモンバランスを整える。

卵巣をチェックしてもらってもうすぐ卵が産まれる時期を見てもらい、それに合わせる。

やってわかったのはこの療法はパートやバイトでないとかなりハードであるということ。

よく、芸能人の方で「妊活します」といって芸能活動を休止される方がいますが、わかりますわ。週に1回は注射うちにいかなくてはいけないし、排卵の時には病院にいかなくてはいけない。

通院がけっこうハードなのです。

私は通院を隠していましたがパートなので時間をうまく使えたのでもくもくと通院できました。

ただ、毎月のものが来たときはかなり落ち込みます。

「また、来たのね・・・」毎月、自分の体に期待するわけですが、不妊治療したからってそう簡単に妊娠しません。

しかも、当時の私の食生活はむちゃくちゃで栄養というものをまったく考えていませんでした。今思えば、そりゃ授からんわーというような食生活です。

 鉄分も足らずで貧血で倒れそうによくなってました。

 

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 これをよく買いましたよ・・・・。

1度は授かったけど

1度は授かったのですが、ご縁なく流れてしまいました。

授かった時は、そりゃうれしかった。すぐ、上司に報告しました。

上司も喜んでくれました。

しかし、ご縁がなかった。そのことも上司に報告しました。

「産まれる命だったらどんなことがあろうと産まれてくるよ」

上司は、そう言ってくれました。

そうだね・・・とかなり落ち込んでいましたがちょっと立ち直れました。

そうしないと前に進めない。

落ち込んでいる暇はない!そう言い聴かせました。

そのあとは修行僧のように通院。毎朝の体温計チェック。

人間、頑張る時はがんばれるもんですね。

そのあと、すぐ妊娠。

もう、流させはしない。そりゃ、慎重になりました。

流産しないように・・。流産しないように・・・。

かなり恐怖心がありました。

また、食事が大切とまだわかってませんからまあ、好きなものを食べていました。

不思議なことに「お肉」が一切欲しくなくなりました。

野菜と糖質ばかり食べていましたねー。

今思えば我が子よ産まれてくれてありがとうと思います。

 

お酒も一切欲しくなくなりました。

順調にお腹の子は大きくなっていきました。

よくお腹の子に話しかけましょう、コミュニケーション取りましょう!という記事をみますが、私は出来ませんでした。

 

お腹の中に生命が宿っている感覚はあるものの、その生命とコミュニケーションをとるということがわかりませんでした。

コミュニケーションというもの自体、わかってませんからそりゃ無理だわ。

便秘がひどくて薬を処方してもらってました。

トイレに1時間以上入っていたこともありました。

力んだらお腹の子がでるんでは?と思ってしまい力めません。

出産一か月前になると、親が住む山の家に行きましたが、家事をする必要もないし

寝て起きてもご飯がでてきますから見事に引きこもり状態になってしまいました。

親もこりゃやばいと無理やり散歩に連れ出しますが、もう動くのがしんどい。

家にいて、ピアノ(電子ピアノを持って行ってました)の練習をしていたほうが幸せなので毎日、ジャズピアノの練習をしていました。

また、毎日お菓子を作って食べていました。

買いに行かないとお菓子がない。ならば作るべとオーブンがある環境なので、今日はケーキ、明日はクッキーと作ってました。

果物発酵させて酵母作ってパンも焼いてましたね。自分で焼かないと周りにパン屋がない。

とりあえず山の家では作らないと食べたいものがないという状況なのでモンモンといろんなものを大きいお腹で作ってました。

あまり人と話したくない。

そんな軽いひきこもり状態な妊娠中だったなあと思います。

まとめ

不妊治療は、メンタル的に結構つらいことがあります。

すぐに妊娠すればいいけれど、そんな簡単には妊娠しない。

毎月、ちょっとでも月のものが遅れたら「妊娠かも!」と思うけどチェックをしても反応なし。

周りからは「まだか?」とも言われず「傷物にふれず」的扱い。

子どもが授かったら・・・なんて想像したいけど落ち込むのがいやだからそんな想像は出来るだけしないようにする。

自分が傷つくのがいやですから。

一喜一憂しないように。

修行僧のごとく。

ただ、機械的に朝起きたら体温計を口にくわえ、体温をチェックし、ノートに記入。

でも、やらなくては授からない。

やっても授からないけどやらないで授からないよりやったほうがいい。

私は5年やってだめなら子どもを求めることをやめようと思ってました。

ずるずるずるずる期待するのはメンタル的に耐えがたい。

なんでも自分が思ったように人生はならないというのを思ってましたし。

ただ、この話は私の体験なので人それぞれ湧いてきた思いが違うと思います。

子どもを授かるということについて自分の湧き出た思いに忠実に動くのがいいかと思います。夫婦間できちんと話し合って。

 

ほな、また。

 

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