明日ですが。まいどです。でくのぼうちゃんです。
早いものです
9年前の今頃は山に籠もって、10ヶ月のお腹で散歩したり、ピアノをひいたりしていました。
うちの親が蒜山の山奥に住んでいましたので、そこにいてたんです。
今思えば一番贅沢な日々を過ごしていたのではないでしょうか。
朝は、鳥のさえずりで目覚め、食事は裏の畑でとれた野菜を食べ、父親がクラッシック音楽が好きなのでクラッシックを聞きながら景色を見て、周辺を散歩していました。
この時期は紅葉がすばらしく近くのお寺の銀杏の木がみごとに黄色になっていて、空の青といちょうの黄色のコントラストが見事になっていました。
毎日、なにをしていいかわからないのでパンを作ったりお菓子を作ったり、ピアノを練習したりもしていました。
夜中にいきなり破水をし、父親に倉吉の病院まで連れて行ってもらいましたよ。蒜山高原には産婦人科はありませんから。
破水しても産まれる気配はまったくなく、これはあぶないということで陣痛促進剤を少量のみようやく生まれて来てくれた。
最初は、泣かず、先生がパンパン叩いてようやく、メロメロメェ〜と泣き出した。
私は酸素ボンベのお世話になりました。
2560グラム。それがいまじゃ129センチ、32キロ。
生まれてすぐの写真の病院の先生がたくさん撮ってくれたのは嬉しかったですね。
毎年、この時期に同じような文章を書き続けるとは思います。
息子が生まれて来てくれたことを感謝する日。
涙もろくなって、このことを書くだけで涙腺が緩んでいますが。
ほな、また。