父親という存在。
まいどです。でくのぼうちゃんです。
傍観者になっていた
私の父親は、小さい頃は仕事の関係で1日家にいて、1日家にいなくてという感じでした。
だから、家の事は母親が全てしていたような。
それが当たり前でした。
一緒に家族でどこかにいくのも1年に1回ぐらいだったような。あまり記憶にありません。
家にいる時も1人書斎にこもり、1人でみんなで見ている番組を見ている人でした。
子どもと遊ぶと一緒に遊ぶということを親はしなかったような。
子どもは子ども同士で、親は子どもが遊ぶのを見ているだけ。
そんな親に育てられたからか、我が家も子どもと一緒に遊ぶというより、子どもが遊ぶのを見ているだけの「傍観者」となっていました。
先日、とある方と一緒に子どもを連れて遊びに行ったんですが、その方は「傍観者」にはならず、子ども目線で一緒に遊んでくれる方でした。
子どもは大喜びで、かなり懐いてました。
肩車も4歳にして初体験。
初めて肩車をしてもらい息子初めてかなり怖かったようで「降りる〜」とすぐ言ってましたが。
私は自分が「傍観者」であったことに気付き、情けなくなりました。
また、旦那もスマホいじりながら子どもを見ているだけの公園スタイルなのでこれはコミュニケーションがとれないだろうなあとその方の姿勢から色々考えることが増えたのでした。
親というもの
子は子、親は親とわりきればいいかどうかはわかりませんが、「傍観者」であれば家族のコミュニケーションはとれないだろうなあ、つながらないだろうなあと感じました。
一緒に遊んで、一緒に笑う。
私なんか心配性ですから、「危ない」をすぐ考えてしまう。
そういうとき父親が一緒になって遊んで「危ないけど大丈夫」をわからせてくれたらいいなあという気持ちが湧いてきました。
まあ、理想なんでしょうけどね。
子どもからしたら「傍観者」な親より一緒になって遊んでくれる親の方が嬉しいでしょうね。
まとめ
たまには、違う視点の子育て姿勢をみるもんですね。
知識よりも人と向き合うこととはどういうことか、
息子に教えたいとしみじみ思いましたよ。
私が教えるのはどうも難しいなあと思うので、
それができている人と息子を付き合わせたい。
理想でしょうかね〜。
ほな、また。
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本には答えなんか載っていないんですけどね〜。