でくのぼうちゃんのブログ

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考え方:妄想を自分の価値を高める装飾として使ってしまうことについて

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文字がいっぱい書いてあったらすごいんじゃないかと思ってしまいます。

まいどです。でくのぼうちゃんです。

痛い指摘をされる。

昨日、釜ヶ崎お茶会ゼミがありました。

また、内容はダビングしたものを再度聞き、ほのぼの舎だよりでアップしますが

いつも終わった後なんかこう自分に振り返ることが多いのです。

今回は、痛い指摘をされてしまいました。

自分の体験で言葉を話せばいいものを妄想をさもそうであるかのように話してしまっていました。

妄想なんですけどねーと自覚してたらよかったのだけどその自覚がなかった。

その行動が世の中にどれだけ影響しているかということを知りなさいという感じなことを言われました。反省です。

活字や言葉に踊らされている。

振り返ってみてちと活字や言葉に踊らされていると思いました。

活字や言葉に踊らされていると思ったこと。

文字がたくさん書いてあったらすごいと思ってしまってすぐ信用してしまう。

たくさん話していたらすごいと思ってすぐ信用してしまう。

書いている人(話している人)の肩書ですごいと思ってすぐ信用してしまう。

専門用語を話していたらすごいと思ってすぐ信用してしまう。

整理して書いてあったらありがたいと思ってすぐ信用してしまう。

グラフや添付書類がたくさんあったらわかりやすいことしているんだと思ってすぐ信用してしまう。

例を使っていたら事実だとわからないのにそうなんだ!と思ってすぐ信用してしまう。

 

 

誰もが小さい存在だけど

言いたいこと、書きたいことはなんなのかを読み取ったり聞き取ったりする能力を鍛えないといけないなと思いました。

そして、自分の発する言葉の力や影響力が一人だけどあるという自覚を持たないといけないんだなと省みました。

誰もが小さい存在だけど社会を作っている一人なんですよね。

ただ、妄想を話すなということはひきこもりをつくってしまうと私は思うのです。

主婦ひきこもりだった私の体験からいうと、頭で妄想し、その妄想を誰かに話しバランスをとり、その妄想はなんの生産性も生まないということに気付き、そして行動へと移行すると思うのです。

だから今自分がどの時期にいるかということを知ることが大事だと思います。

社会も「ああ、この人はいまこの時期なんだな」という受け止め方が大事だと思います。指摘を聞く耳をもつ段階になった時にちょっこと針でちくっとするように指摘をする。それでどのように反応するか。

 

妄想を自分の価値を高めるために装飾として使うこと。

以前、通信大学に行っていた時、レポート提出が必須でした。

その時、レポートの書き方という本を散々読み漁りました。

なんせ、レポート書くということはそれまでなかったのですから。

 

レポート・論文の書き方入門

レポート・論文の書き方入門

 

 言いたいことなんてちょっとであとは装飾をどのようにするか、レポートを書くときにそれを学びました。

 

本なんてけっこう分厚いですがほんとに言いたいことはちょっとだけであとは装飾なのか?とちょっとショックを受けたような。

 

まとめ

今はブログを書いていますが装飾しすぎて「あれ?いいたいことなんだっけ?」と思うときがあります。まだまだ未熟者です。

ブログは頭の妄想を表現するツールでいいと思いますが妄想表現ばかりだと読むほうも面白くないし身にならないですよねー。

妄想を何かの実践するための道具として上手に表現し使っていきたいもんです。

ほな、また。

 

 

 

書を捨てよ、町へ出よう (角川文庫)

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