でくのぼうちゃんのブログ

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考え方:働き方に対する考え方 信頼を得てから自由にと最初から自由にとぐねぐねと寄り道をして自由にと

 

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photo by VasiRed Bull 2013

人もいろいろです。

まいどです。でくのぼうちゃんです。

 勉強して力をつけてから自由にすればいいという考え

昨日、お茶会ゼミを催しました。

 

dekunobouchang.hatenablog.com

 この毎月1回開いている勉強会に来ていただいてる先生がいます。

小西先生という見た目インド旅行から帰ってきた人ぽい感じな人ですが、いつも先生の言葉で思考が洗われます。自分がすぐに洗脳にかかっちゃうので先生のお話は大事だなーといつも思います。

さて、そんなぶれていない思考の小西先生の働き方についてのお話を聞くことができました。

小西先生はなんのために勉強をするのかまったくわからなかったそうです。

ご兄弟は医学部を卒業して医者になりいまでも結構な地位にいるかた。

勉強もかなりできてきたのだけど、小西先生は勉強する意味がわからないからいつも

テストの点数が悪かったそうです。

周りは「とりあえず勉強しといたほうがいい」ということを言うけれど何のためにかがわからないから勉強する気にならない。

親御さんは、「勉強をして力をつけてから自由にしろ」ということを言っていたそうです。

しかし、小西先生がとった道は「最初から自分が好きなことを追及する」道。

だから「キチガイの小西」と言われたんだーと笑っていました。

この話を聞いて「働き方に対する考え方はいろいろあるんだなー」と思いました。

 

学校は朝が来たら行くもの(レールの上の電車状態)と思ってた

私に向けると、お恥ずかしい話ですが学生の時なんかは「働く」ということがまったくなにかがわかりませんでした。

ただ、学校にいって言われたノルマの勉強をこなす。

テストがあるからテストするってな感じです。

朝が来たから学校にいく。学校が休みにはいかない。

目の前にご飯が出されたから食べるってな感じです。

自分がお腹がすいていようがすいていまいが関係ない。

なんで?という発想がまったくなかった。

「勉強」と「働く」という発想が結びつかなかったのです。

中学校、高校、大学(短大)とエスカレーター式の女子高にはいったもんですから

受験という関所を通っていないのです。

小6の時に受験をしましたが中学校を公立にせず私立にしたのは塾で仲良かった子が行くからという単純な理由です。ちょっと勉強したら受かるし。親もびっくり。

なぜ、勉強するかについて考えたことがありませんでした。とりあえず朝起きたら行くところってな感じです。

漫画を描くのが好きでずっと書いていましたが中学に入り絵を上達させる環境を選ばずまた、絵を描くことを受け入れてくれる環境でもなかったので自然と書くのをやめてしまいました。そして自分が好きなことがなにかわからなくなってきていました。

クラブは演劇でしたのでそこは楽しかったですが、それで食べていくなんて発想はない。ただ楽しかったからする。クラブの時間だったからする。早朝朝練だったから朝早く学校にいく。

短大の科の選考の時もインテリアが単に興味があったからという理由で選んだもそんなにそれで食べていくという発想がないから卒論の工作作るのが(自分の創造を評価されるのが)怖くなって逃げるために中退。

なんか書きながら私は信頼(いま思えばただ周りに合わせていただけ)を得るために自分をごまかしすぎてなにをしたいのかわからなくなった子だったんだなあと思いました。タイムマシンがあったら過去の私にいろいろ言いたくなりました。

信頼とは言うことを聞くことで得るものと思っていた

今の私が振り返って昔の私痛いなーと思うことが、「信頼されるということは人の言うことを素直に聞くこと」と思っていたことです。

人の言うことを聞く人が「いい人」と評価される。

「いい人」と思われたら信頼を得られるんだ!

 

痛い発想です。

 

しかし、これが絶対と思っていました。30代前半までは。

ただ言うことを聞くだけだと上司の都合のいい社員になってしまい、上司の愚痴を聞く役目や上司の感情のはけ口になる役目をしてしまい自分の感情を守ることができなくなってしまいました。うつ状態です。世の中いい人ばかりではないんですね。

 

自由にするには問題解決能力が必須

どこかの組織に入らずに最初から自由に動くようにするには自分で色々と考えて問題があったら自分でどうするかを考える必要が出てきます。

私はどこかの組織に入って勉強して力をつけてから自由にするというようにしたら、何を自由にしたらいいかわからないくなりました。かといって最初から自由にするという発想はこれまたまったくわきませんでした。何をしたらいいのかわかりませんでしたから。社会人としての教育がされていない典型的な人間です。

それはそれでよかったかもしれませんが。

 

私に大いに欠けていたのは何かあったら自分でどうするか考える能力でした。過保護的に育てられてきたため問題を解決するのは親となっていました。

親としたら働くようになって親がいないときは自分で問題を解決できるやろーと思っていたと思いますが、訓練受けてない私はまったくその能力が育っていませんでした。すぐ人に頼る。自分でなんとかしようという思いはまったくありません。

結婚して親元離れて自分でなんとかしなければいけない状況がいっぱいやってきました。その能力をちょっとずつ育てないと私は将来どうしようもない!と自分で自覚しました。やっと自分ができることを頑張ろう!人の目なんか気にしないで自分が面倒見れることだけやっていこう!そう思ったのは30代半ばくらいからです。

自分が面倒みられる(問題解決できる)ことはなんだろう

私の場合はカラオケをまとめるという遊びの中で培われてきたことが自分もいやじゃないし周りも幸せになるし喜んでくれるとわかりました。

 

周りが喜んでくれたこと。

自分がしていやじゃないこと。

 

それが遊びといわれようがいいじゃないかー。

必要としている職場があって給料くれるんならいいじゃないかー。

で、8年もカラオケ事業させていただけたわけです。

 

この能力に20代前半の私が見抜けたかというと「遊びが仕事にならんやろー」とこれまた固い思い込みがあったから見抜けませんでした。

 

声をださせろ!カラオケさせろ!欲求が30代に強かったためなにがなんでも仕事にしてやる!と企画を作成しましたね。

まとめ

私がとった道は、最初はレールに乗っていたけど脱線してグネグネと転がりながら動いたり止まったりしてやっとレールなしで道を作っていこう!とする道。

私は4月から働き始めた方にいいたいのはぐねぐねと寄り道したり脱線したりしてもいいから最後は自由に自分で道を作れるような仕事道を選べられるようになる自分を思い描いたほうがいいよということ。社畜にならないように。

それには、

自分がして楽しくて周りも喜んでくれるものは何か

一日のうち人のために動ける時間は何時間か

 

これを考えながら仕事道を歩いたほうがいいと思います。

 

仕事道は100人いたら100道あると思います。

普通の年輩の人は「一生懸命勉強して信頼を得てから自由にしたら」というかもしれません。それは一つの考え方でありと思います。しかしそれが絶対ではない。

 

自分を誤魔化さずに道を模索することも道の一つですね。

 

ほな、また。

 

 

道程 (愛蔵版詩集シリーズ)

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高村光太郎詩集 (岩波文庫)

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